プロフィール

ダナヲ

Author:ダナヲ
ダナヲのブログです。
@naoko_hnd
福岡在住、熊本産。
寝るとき枕は使いません。

World-Word-翻訳
英語English
韓国語 한국어
中国語 中文
フランス語 Franc,ais
ドイツ語 Deutsch
イタリア語L'italiano
スペイン語 Espan~ol
ポルトガル語 Portugue^s
Present's by サンエタ
検索フォーム
まとめなど。


食べログ グルメブログランキング

当ブログで使用している画像・動画・歌詞等は個人で楽しむものであり全ての著作権・肖像権は著作権元に帰属します。 権利を侵害するものではありません。
1660

東京"非"日和 || 皇居見学

東京旅行、お次は皇居見学です。

-----------------------------------------------------
皇居とは、江戸時代に徳川歴代将軍が居住していたところ。明治維新の後、千数十年にわたって天皇がお住まいになっていた京都からお移りになった。以来、ここに天皇がお住まいになり、宮殿では諸行事が行われてきた。
(あれ!?確か天皇はお住いになってないって説明あったような。無知の上に情報が錯綜して何が何だか)
1945年に消失した明治宮殿に代わり、1968年に現在の宮殿が完成した。皇居の面積は約115万㎡で濠に囲まれており、周囲に8つの門がある。
-----------------------------------------------------
のである!

Yahoo!知恵袋にそのものずばりの回答が!
└陛下のお住まいは、皇居内の御所になります(やはり天皇陛下のお住まいという意味で"御所"ですから…)。
 赤坂御所とは違うかも知れませんが赤坂の東宮御所でしたら皇太子ご一家がお住まいで、それ以外の赤坂の御用地に
 秋篠宮ご一家のお住まいがあります。

なるほど。曖昧模糊としていたので。ようやくはっきりしましてん。


大手町で降りててくてく歩いて、桔梗門という門前から入ります。物々しくもない警護。
DSC07224_20120823120611.jpg


受付所もひっそり。実は10分遅刻したのです。日本人にあるまじき行為。
下手すると戸籍なくなることも覚悟せねばならない失態です。
DSC07222_20120823120613.jpg


しかし優しく包み込むように受付してくれました!
皇居守護。いい響きです。なんかかっこいいね。何人くらいいらっしゃるっておっしゃってたかなあ。忘れたなあ。
DSC07223_20120823120612.jpg


このように。優しく桔梗門から案内していただきました。
パーティに追いつくようにちょっと急ぎ足ですけどすみません、って。否!こちらこそ、すみません。ぺこり。
日本人失格。
DSC07225_20120823120611.jpg


これはー、なんだったか。パーティとかあってました。って説明があったと思うんだけれど。「窓明館」かな?違うかな?
DSC07226_20120823120609.jpg
↓↓↓
元枢密院庁舎(もとすうみついんちょうしゃ)だった!
大正10年(1921年)に完成,現在の国会議事堂のモデルになった建物と言われています。
当時近世復興式と呼ばれた鉄筋コンクリート2階建ての建物で,広さは約1,740㎡―とのこと。

これは桔梗門脇の石垣。石垣には、石を持ってきた大名の印が刻んであります。
出身は熊本です、と案内の方に伝えたら、熊本からも届いてますよ、あそこですよ。て教えてくれました。
すごいね清正は!
DSC07227_20120823120606.jpg


これは宮内庁庁舎。昭和10年(1935年)に建築された建物で,庁舎3階は,昭和27年(1952年)に改装され,昭和43年(1968年)の宮殿落成までの間,仮宮殿として使用されていました。

昭和の初期にこの宮内庁庁舎で1度だけ一般参賀がおこなわれました。
正面玄関の赤い絨毯の上の2階の所に平らな屋根がありますが、そこに天皇皇后両陛下がお立ちなりお手を振られたとのこと―です。
DSC07230.jpg


長和殿と宮殿東庭(ちょうわでんときゅうでんとうてい)。
宮殿で一番長い建物が「長和殿」で長さが160mあり、中の廊下の長さは100mあります。
この場所で、新年1月2日と天皇誕生日の12月23日の年2回、天皇皇后両陛下と皇族方が長和殿中央バルコニーにお出ましになり国民からのお祝いを直接お受けになります。その際,天皇陛下からのお言葉があります。

「長和殿」の前の広場が「宮殿東庭」で、広さが約4500坪あり、一般参賀などの多いときには約2万人が一度に参賀できます。足元の石畳は四国香川県産の安山岩が使用されており、大変水はけの良い石で、足に優しい石です。
(そう、足にやさしい石!説明がありました―。)
そして、「宮殿東庭」の石の下は駐車場になっており、約120台収容できます。
右側にある大きな塔は、「松の塔」と言われ、葉と葉の間から光が灯すように作られた照明塔です。
先端にある輪は、ふしろという古代婦人の腕輪を形とった照明塔です。
夜に明かりがともったところを見たいものですが、一般の人はその時間は入れませんが、とても美しく落ち着いたものと想像します。
長和殿前には巾2mの寒椿と山茶花の植え込みがあり、その脇にある黄色い灯篭は有田焼で11基あり、照明塔として利用されています。
左側にある大きな玄関は「宮殿の表玄関南車寄せ」で各国の大統領や大使など外国の国賓など主賓の方が利用される玄関です。
DSC07233.jpg


これ、このように。拡声器を使って案内してくれます。
DSC07238.jpg


そして「窓明館」を出て左側に上がっていくと、右手に立派な石垣と大きな櫓が見えてきます。
江戸城旧本丸の東南隅に位置する「富士見櫓」で、品川の海や富士山をご覧になったといわれています。
現存の三重櫓は、万治2年(1659年)の再建で、江戸城本丸の遺構として貴重な存在、
天守閣が明暦3年(1657年)の大火で焼失した後は復旧されなかったので、富士見櫓が天守閣に代用されたと伝えられています。
どこから見ても同じ形にみえるために、俗に八方正面の櫓とも呼ばれ、特に石垣上にせり出している石落し仕掛けのある南面の屋根が描く曲線はとても優美です――とのこと!
DSC07234.jpg


石垣は主に伊豆の自然石でこのあたりの石垣の積み方は初期の打ち込みはぎで「野づら積み」というもので、
自然石をそのまま積んでいるため、乱雑ですき間が多く崩れそうですが、積み方としては水はけもよく最も堅牢といわれていて、
関東大震災でもまったく崩れなかったそうです。そしてこの石垣を作ったのは主に加藤清正公と言われています。
石垣の高さは約14.5メートル、櫓の高さは約15.5メートルになります――すごいぞ清正公。えいえいえおー!

これは南庭の大刈り込み。
「長和殿」の左奥は「宮殿の南庭」で広い地形と芝生を利用して、大刈り込みの下は小川が流れていて流れを主としたお庭になります。小山のように見える二つの刈り込みは「南庭の大刈り込み」でいろいろな樹木が合わさって出来た刈り込みです。大変大きなもので高いところでは6mもあります。刈り込みは職人が入り込んで、すべて手バサミで刈り込みをしています―とのこと。
↓↓すごいよ!丸いもの。きれい。
DSC07240.jpg


そうだ。ここでも自転車が大活躍の模様だった。これは、One Directionが日本と中国を勘違いするのも仕方ないのかなかな。
DSC07242.jpg


すごいね、長いね。
DSC07243.jpg


これは正門鉄橋(せいもんてつばし)の上からとった眼鏡橋(?)。
「宮殿東庭」を過ぎて、正門の方に鉄製の橋がありますが、ここは以前は木製の橋でした。堀が大変深いために、江戸時代には橋桁を上下二重に組んで橋の上に橋を作っていたために「二重橋」と呼ばれていましたが、現在は鉄製になりましたので「正門鉄橋」が正式名称になります。 (したがって、今は二重橋とは言いませんので、ご注意を。)
――とのこと。ご注意を。
DSC07246.jpg


しかし私ですら飽きてるのに外人さんは大変だね。天皇陛下=日本の王様に値する人=その人のお住まいってなったらもっと豪華絢爛なの想像してたんじゃないだろうか。
私もだだっぴろいだけだったなってちょっと思ってしまって、駄目人間。
DSC07249.jpg


照りつける太陽の中
DSC07251.jpg


まだまだ続く皇居。分け入っても分け入っても青々しい皇居。
DSC07253.jpg


毎日こうして人の手でお手入れされているのです。
DSC07260.jpg


そして森を抜けると
DSC07256.jpg


蓮の御池があってさ! 水面に浮かぶ花を見て眩暈がしたよー
DSC07261.jpg


見上げりゃ御来光。
DSC07262.jpg




宮内庁皇居 参観案内 >>



===================================================

関連記事
0

Comment

Comment Form

Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
0

Trackback

Trackback URL

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
Return to Pagetop
QLOOKアクセス解析